質問:私はカトリックで、私が生まれる前の期間の幾つかの記憶について興味があります。私はインドから来たと感じる二人の存在とともに天国のような世界にいて、彼らが私に 「さぁ、降りなさい。あなたには大切なプロジェクトがあります。あなたには重要な使命があります」と言っていました。スワミ、これがただの私の想像なのか、あるいはそれ以上のものであるのかを確認していただけますか?

 

私の二番目の質問は、人生で時々、私たちは決断できず、混乱します。私たちが決断せねばならないものに確信を持つためには、どのように自分自身と再び繋がることができますか?

 

最後に、三番目の質問ですが、人生の中で時として、私たちは愛しているのですが、その愛に効果がないのか、あるいは愛が返ってきません。このような状況の中、私たちは何をするべきでしょうか?

 

スワミ:その過去の記憶は確実にそこにあります。役割と使命があります ― そして、その使命は、宗教的な考えを正しく打ち立てることです。真理と核心を話すことにより、それに従う人々の心(マインド)を明瞭にし、外周で巻き込まれないようにするこで、それはあなたが内側から深く感じるものです。やがて、果実が熟すとき、それは自ら落ちてくるでしょう。時が来れば、それは自ずと明らかになります。

 

意志決定に関しては、何らかの執着があれば、あなたは明確にできず、混乱を招くことになります。医師は、隣人の子供であればいとも簡単に手術をすることができますが、自分の子供に対しては手が震えます。あなたが結果に執着するのであれば、決断することはできません。執着していないときのみに、あなたは正しい決断をすることができます。

 

真実の愛は、何も見返りを求めません。見返りに何かを求めているのであれば、それは愛のように見えるかもしれませんが、本物ではありません。真実の愛は、とても強力で失敗することはありません。それは内側に宇宙のすべての力を持つからです。それゆえ、愛があり、結果がないとあなたが思うのであれば、その愛が完全ではなかったことを意味します ― ですから、それを完成させなさい! どのようにして、あなたはそれを完全にしますか?何も見返りを求めないことによってです。愛することができること自体が祝福です。本当に愛することができることが、それ自体の報酬です。それ以下のものは、本当の愛ではありません。

 

(2017年4月 イタリア、本文41‐42ページ)

⇒ BOOKLET:DIVINE VISIT TO ITALY 2017

You may also like

Leave a comment