質問:スワミは私たちに内側の視力を発達させるように望まれています。私は努力を注ぎましたが、ゴールに到達することができません。私は努力して、連続して失敗します。しかし、それは私の過失だけが原因ではなく、マハーマーヤ・シャクティ(mahamaya shakti:神の幻影力)が理由であり、私に真我ではないものを絶えず投影しています。私はこれに対する解決策をどのようにして見つけることができますか、スワミ?

 

スワミ:彼は神によって創造されたマハーマーヤについて話しています。そして、彼は神に責任を転嫁しています。もちろん、ある意味で彼は正しく、すべての価値のあるものは常に隠されていて、何らかの努力があるときのみにそれを獲得することができます。あなたは路上で転がっている宝石を見つけますか? それらは鉱山深くに埋まっており、たいへんな困難を伴って採掘、摘出され、そして磨かれなければなりません。神聖視力も同じです。あなたが内側でこの視力を得ることができる前に、マーヤ(maya:幻)は常にチャレンジとして存在します ― しかし、言っておきますが、マーヤは神によって創られたものではありません。物体のあるところに自動的に影が作られるように、この神性があるところにマーヤは自動的に現れます。これはまさしく創造の性質です。影が物体についてくるように、マーヤは真理についてきます。この二つは共にあります。

 

どのようにして、あなたはこのマーヤを克服し、内的視力を発達させることができますか? 二つの方法があります。私がある話を使って説明しましょう。

 

昔、一人の友人を持つある裕福な男性がいました。このお金持ちの男性に友人が会いに来たとき、門のところに大きな犬がいて彼を中に入れさせないようにしていました。この男性は友人に会うために何をすることができるでしょうか?彼はこの犬と友情を作らなければならないか、あるいは、彼の友人に「おー友よ!私は門のところにいますが、この犬が障害になっています。私があなたに会えるように、この犬を連れていってください」と叫ばなければならないかのどちらかです。しかし、あなたが犬を見て、引き返せば、あなたは自分の友人にけっして会えません。

 

このように、あなたがマーヤと友人になれず、それを克服できないのであれば、あなたは、「おー主よ!私はこの幻に対処することができません。どうか来て、この幻を取り去り、私を内側に入れてください」と叫ばなければなりません。神聖視力を持つことに、とても深くて誠実な熱望があるとき、神はマーヤを取り払うために降りてきて、あなたを内側に入れるでしょう。息をしたいと切望する溺れかけた人のように、人はこの神聖視力を切望しなければなりません。そのような強い切望があれば、それは確実に起こります。

 

この世界のすべてのことは努力を要します。自分自身を悟ることさえ、努力が必要です。これまで、あなたが何も達成していないのであれば、それは努力が充分ではないことを意味します。あなたが体験するまで諦めないように、さらに強い気力とともに戻りなさい。神を体験できない苦痛と苦悩から、主に助けを求めて叫びなさい ― そして、主が現れ、あなたを内側へ連れていってくれるように、あなたの言うことを聞くまで、泣いて叫び続けなさい。私に聞こえるように、別々に離れている苦しみとともに、もう少し大きな声で叫びなさい。そうすれば、それは確実に可能です。私自身が来て、あなたの手を取り、あなたを内側に連れていくでしょう。死にかけている人が、命の息吹を求めるように、渇望しなさい。

 

(2017年4月 イタリア、本文39-40ページ)

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